池田先生の平和旅とモスクワ大学名誉博士号

S.H.

 本年は池田先生が1975年5月27日、モスクワ大学から始めての名誉博士号を授与されたてより30周年の佳節である。当時、私は北海道大学で学ぶ、一学生部員にすぎなかった。
 前年の1974年9月17日、先生は旧ソ連のコスイギン首相と会見され、28日には北海道の地にいらっしゃった。30回目の北海道指導であった。先生は青年部に渾身の激励、訓練をしてくださった。そして、在札幌ソ連領事館外交官補ノボショーロフ氏、同副領事ロジオノフ氏、それから科学アカデミー極東研究所に学ぶ、数人の私たちと同世代の学生たちを会館に招いて、私たち学生部の代表との交流の場を作ってくださった。日ソの若者同士の語らいが、花開いた。旧ソ連の若者たちの研究テーマは日本の宗教事情、ずばり創価学会であった。私たちは広布を、学会をそして、池田先生を、おのが使命を語った。彼らもまた理想とする共産主義の熱っぽく語る若きリーダー達であった。信奉する思想、哲学はちがうものの、私たちにはともに理想と使命に生きる者同士の共感と友情の輪が広がった。そして、二ヵ月後12月5日、池田先生は中国の周恩来首相との一期一会の歴史的な会見をされ、「ソ連は中国を攻撃するつもりも、孤立化させるつもりもありません」というコスイギン首相の意思を伝え、中ソの和平が、いな世界平和が大きく前進したことは永遠に顕彰されなければならない歴史的事実である。そして翌年のモスクワ大学名誉博士号授与である。1975年、ああなんという歴史の大転換点に青春を過ごせたのか。
 今、あらためて30年前の先生の平和旅、北海道指導、そして初の名誉学術称号を思うに付け、何もわからなかった私たちに、ロシア人学生との交流の機会を作ってくださり、身をもって対話、平和行動の大切さを教えてくださり、そして事実の上で世界平和を実現した偉大な先生への感謝は尽きない。かの学生たちが理想としていた共産主義国家は崩壊し、一方、世界190ヶ国に広布の沃野を広げ、隆々たる発展を続ける創価学会を思うに付け、青春時代に偉大な師匠にめぐり合えた福運にはいくら感謝してもしきれるものではない。先生を札幌にお迎えした際、私は心の中で誓った、少しでも広布のお役に立てる妙法の研究者になろうと。初の名誉学術称号授与より30年周年の今、私は壮年部員としてまた学術部員として師匠との誓いを果たすべく決意を新たにしている。

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