池田先生の170に及ぶ名誉称号、受賞に思う

J.M.(工学博士)

 今までに、これだけ多くの名誉称号を受賞した人がいただろうか。またこれだけ多くの名誉称号を受賞されているにも関わらず、更に現在でもその数は増えつづけている、このような素晴らしい人がいたであろうか。この事実を世の中のマスコミはどのように捕らえているのだろうか。
 1月22日現在で一応仕切り、170になった名誉称号の内訳を分析してみた。その内訳は、文学、人文学、哲学、教育学、社会学(社会科学含)、法学、行政学、行動科学、農学と、非常に多岐にわたる学問に関する受賞である。これら全ては、日蓮大聖人の大哲理を根本に、池田先生が切り開かれ、築かれた学問としての最高峰を極めた結果である。そして大半を占める名誉教授、名誉博士はその大学として池田先生の全人格を受け入れ賛嘆する為の名誉称号の授与である。
 その陰には、世界最高峰の英知の殿堂、アメリカのハーバード大学、フランス学士院など世界の大学、学術機関からの招請を受けての31回にも及ぶ講演や、時代を代表する世界の知性、トインビー博士、ペッチェイ博士、アンドレマルロー氏などとの対談を精力的に続けられ、纏められた34編もの対談集の発刊がある。またその著作たるや100巻にも及ぶ池田大作全集として結実しつつある。その結果としての名誉称号であると共に、23の国家勲章の受賞であり、376の世界からの名誉市民証の受賞に結実している。
 この世界に類を見ない偉大な人物、池田先生の業績を日本のマスコミはどのように見ているのだろうか。「無視」の一語に尽きる対応しかしていない。つまらない世俗の与太話には、猫も杓子もよってたかって、さも大切な情報の如く朝から晩まで垂れ流している。にもかかわらず、世界最高峰の偉業が見えない。いやまともな眼(まなこ)で見ようとしない。
 更にこれだけ多くの名誉称号を世界の識者が認め、授与している現状でも、残念ながら日本の大学は、日本のマスコミと同じく偏見を打ち破ろうともせず、体裁や表向きの格好を重視し、まじめに取り組もうとしていない。
 この偏見を打ち破る戦いを、学術部が先駆を切って始めなければならない。粘り強く、知性の利権をかざし、題目で生命力をみなぎらせて。
 一度、堰きが壊れると、現在世界の知性から毎日にように届けられる名誉称号のように、日本の大学からも申し出が堰きを切って開かれるであろう。そしてマスコミも眼が覚める時を迎えるであろう。その時を目指して頑張りたい。

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