池田先生が最初の名誉博士を受賞されてから、30周年の佳節を心よりお喜び申し上げます。同時に、30年間で172(3月25日現在)もの名誉博士および名誉教授の称号を授与されたことに端的に表われている、世界平和と民衆の幸福のための膨大なご事跡に、ただただ感嘆し、感謝申し上げる次第です。
先生にモスクワ大学から最初の名誉博士号が授与された前年の11月3日、当時創価中学3年生だった私は、先生とともに鳳友祭でモスクワ大学のホフロフ総長(当時)のご来校をお迎えしました。講堂で催された歓迎の式典では、私たち学園生は真心の催しを持たせていただきました。私もまた、後に創価小学校の校長を勤められた故杉本先生のご指導の下、歓迎の演目で裏方としてお手伝いをさせていただきました。私は舞台照明の担当として、式典中は舞台上部の天井裏で汗だくになって照明装置を操作していました。この体験を通じて、大情熱の杉本先生の厳しくも暖かいご指導を頂き、人には見えないところで汗をかくことの大切さを教えていただきました。
その後私は、先生の大激励を頂いて学術者としての道を歩むことになりました。私が工学博士を取得したのは今から14年前、腹黒い日顕が突然その正体を現し先生を総講頭から罷免したわずか3ヵ月後のことでした。その時点で先生に授与されていた名誉称号はまだ10件に過ぎませんでした。その後の14年間で世界中に創価の哲学への共感が急速に広がり、現在の172件に達したことはまさに宗門の黒い鉄鎖を断ち切ることで世界広宣流布が急速に展開した事を象徴し、不思議な御仏智を感じてなりません。同時に、その頃から創価学園出身者の博士号取得も飛躍的に増加したように思います。先生は学園出身の博士の数が、先生の名誉称号の数と不思議にも歩調を合わせて増加している事を、いつも大変に喜んでくださっているとお聞きします。かつて先生はそのご心情を私共に教えてくださいました。戸田先生は学生部の結成式で「この中の半分は博士になりなさい」とご指導されました。多くの人はその言葉を単に聞き流したけれども、先生お一人が「断じて戸田先生の言葉を誇妄にするまい」と決意し、創価学園を創立し、人材育成に取り組まれたとのことです。
先生は先日のマータイ博士との対談の折り、青年学術者の代表と同席していただいた上、「この人たちは将来ノーベル賞を取ります」と宣言して下さいました。師の言葉を現実とするのが弟子の役目です。あの中学3年生のときに、ホフロフ総長をお迎えする中で学ばせていただいた影の戦いに徹する中で、青年学術者の中から必ずノーベル賞を取る人材を育成していく事を決意し、先生の名誉称号30周年のお祝いとさせていただきます。