各大学が見識と存在かけて授与
美しきシベリアの最高学府、ロシア連邦・サハ共和国の「北極文化芸術国立大学」から、先月10日、創価大学創立者の池田大作先生に「名誉教授」称号が授与されました。これで、創立者に対する世界の大学・学術機関からの「名誉博士」「名誉教授」「名誉学長」の栄誉は、じつに「150」となりました。
名誉称号は大学が授与する最高の栄誉であり、大学がその見識と存在をかけて人物を選定し授与するものです。「誰に名誉学位を授与するのか」によって、逆にその大学が評価されるわけです。
中世以来の歴史を持つ英国の大学では、一般に名誉学位に関する規則には名誉学位を授与できる人物の要件として、(1)王室関係者、(2)国家あるいは大学に多大な貢献をなし名誉をもたらした英国人、(3)顕著な業績を挙げた外国人、の三つを挙げています。
しかも、毎年、大学の最高決議機関である評議会に推薦があった数多くの候補者の中から、副学長が委員長を務める学位審査会が審査するという、慎重で細心の手続きをおこなって決定しているのです。
大学史の中で最初に名誉学位の制度ができたのはいつなのか、詳細は不明です。
ちなみに、ケンブリッジ大学最初の名誉学位の記録は、1493年、詩人のジョン・スケルトン(1460-1529オックスフォードおよびケンブリッジの両大学に学ぶ。ヘンリー8世の皇太子時代の教育係を務めた)へ授与されたものに遡ることができます。
ハーバード大学の場合は、1692年、聖職者としてまた建国期の政治家としても多大の功績があり、同大学学長をもつとめたインクリース・マザー(1639‐1723)に名誉神学博士号が授与されています。
名誉称号は当該大学の関係者(卒業生、教職員)がまず受章するわけです。したがって、部外者、とりわけ外国人に名誉学位が授与されることは特別な意味があることになります。
授与する側の大学にも誉れ
近現代史上のいくつか例を拾ってみますと、ロシアの作曲家チャイコフスキーは、1893年にケンブリッジ大学から名誉音楽博士号を贈られていますし、20世紀初めの1909年には、ライト兄弟がミュンヘン大学から名誉工学博士号を授与されています(兄弟二人とも、もともとは高校中退です)。さらに中国の周恩来は1954年、ベルリンのフンボルト大学の名誉哲学博士号を授与されています。
創立者・池田先生に授与したグラスゴー大学の場合、外国人に授与された著名な例としては、オーギュスト・ロダン(1840‐1917、フランスの彫刻家、1906年に受章)、ヘレン・ケラー(1880―1968、アメリカの社会事業家、1932年に受章)、オルテガ・イ・ガセット(1883‐1955、スペインの哲学者、1951年に受章)など、いずれも歴史を創ってきた人物が並んでいます。
さらに、池田先生の名誉教授称号・名誉博士号の受章は、文字どおり世界の五大州からの顕彰であり、そのスケールは空前絶後でありましょう。
「名誉学位は、授与される者および大学双方の栄誉たたえる尊敬のしるしである」(歴史家サミュエル・エリオット・モリスン)と言われますように、優れた人物に名誉学位を授与することはその大学にとっても誉れなのです。
この点について、ハーバード大学のここ5年間ほどの主要な名誉学位受章者を見てみますと、ニコラス・ブルームバーゲン(アメリカ・ノーベル物理学賞受章者・名誉理学博士)、ユルゲン・ハーバーマス(ドイツ・哲学者・社会学者・名誉法学博士)、さらに創立者もハーバード大学講演の際に会見されたニールス・ルーデンスタイン(アメリカ・ハーバード大学前学長・名誉法学博士)など、世界の思想・文化・芸術そして教育を代表する超一流の顔ぶれが並びます。
卒業式典限定の講演が日本でも
名誉称号の授与は、近代以降のヨーロッパ・アメリカ大学史においては、卒業式典と密接に結びついています。
卒業式すなわちコマンスメントは、もともと、「開始・始まり」という意味であり、そこに名誉学位を受ける一流の思想家・芸術家等が招かれ、卒業生たちの新たな門出を記念講演で祝福するわけであり、したがって、名誉称号の受章者は、当該大学の卒業式典に出席するのが原則です。
この点でも創立者の受章は、卒業式典以外の機会における授与という点で異例中の異例です。本来でしたら当該の大学等でおこなわれるため聴くことができない記念講演を、日本にいながらに拝聴することができるというのは、私たちにとっては至福の機会と言うべきでしょう。
「精神のシルクロード」を開拓
真の意味での名誉学位にふさわしい人物は、その人物の業績だけでなく、人格や教養、さらに、その人が生まれ育った文化や歴史にまで、まなざしが注がれます。生まれ育った国に対しても、ある意味で、責任を負わねばならないわけです。
かつて日本の帝国主義・軍国主義の侵略によって塗炭の苦しみを味あわされた中国や韓国をはじめ、アジアの国々がこぞって、創立者に対して名誉学位を贈っている事実に注目すべきです。これこそ、創立者が、世界平和のために、だれよりも闘ってこられた大きな証であります。
かつて創立者は、最初の名誉博士号をモスクワ大学から贈られた際の記念講演で、「あのゴーリキーの"チェロヴェーク"(人間)という衷心からの叫びこそ、人類連帯の和声にまで昇華されていかねばならないと思うのであります」として、「世界市民の心と心に燦然と輝く『精神のシルクロード』」の確立を訴えられました。
桂冠詩人テニスンは、「みずからの生涯の高みに立ちつつも、さらに高いところを一目見ん」と謳いました。150もの名誉博士・教授称号受章に至る道程は、まさに創立者自身の壮大な「精神のシルクロード」開拓への歩みであったと言えましょう。
(『聖教新聞』2004年2月8日付より)