池田先生に対する“知性の宝冠”は、ペルーのエンリケ・グスマン・イ・バイェ国立教育大学からの名誉博士号をもって、170番目のものとなりました。誠におめでとうございます。さらに本年は、1975年5月モスクワ大学から第一号の名誉学術称号を授与されてより30周年を迎えられたことに重ねてお祝いを申し上げます。
池田先生は30年にわたり、モスクワ大学のホフロフ総長、ログノフ総長、サドーヴニチィ総長の三代総長と深い友情を結ばれ、創価大学とモスクワ大学との教育・学術交流を着実に進めてこられました。相互に往来した交換留学生と教員数は二百人を超えます。
本稿では二十一世紀になって始まった最初の対話集、サドーヴニチィ総長との対談集「新しき人類を 新しき世界を」(参考文献1)から、池田先生が構築される学術交流の架け橋について学んでいきたいと思います。
対談のなかで、2001年5月に開学したアメリカ創価大学オレンジ郡キャンパスの三モットーについて、サドーヴニチィ総長は「『生命ルネサンスの哲学者たれ!』 『平和連帯の世界市民たれ!』 『地球文明のパイオニアたれ!』との指針は本当に素晴らしいと思います。このなかに、二十一世紀の大学がめざす要諦が含まれていると、改めて実感しました。」、さらに「大学を創立するということがどれほど大変で大偉業であるか、私自身がモスクワ大学の総責任者として、日々実感しておりま。」とも述べられています。
二十世紀は“戦争と革命の世紀”といわれたが、二十一世紀はその戦争をこの地上から廃絶しなければならない。そして、“生命の世紀”、“人間主義の世紀”にしていかなければならない、アメリカ創価大学が二十一世紀の理想の大学に成長して欲しいとの創立者の願いはサドーヴニチィ総長にも強く共鳴されたのだと思います。
二十一世紀が人類の宿命を転換し「平和の世紀」を実現するために、世界のあらゆる識者との対談を重ねてこられた池田先生の対話の力に対して、サドーヴニチィ総長は「私の記憶が間違っていなければ、池田博士は、すでに四半世紀以上も前に東洋と西洋との対話を始められました。そのはじまりが、二十世紀の偉大な歴史学者トインビー博士との対談だったことは、あまりにも有名です。その後の数多くの対談をとおして、池田博士は文学史上忘れかけていた「対談」というジャンルを現代に生き生きと蘇らせました。私が心打たれるのは、あなたの対話が常にまったく違う考えをも理解し包容されようとする、いわば他者への理解の眼に貫かれていることです。よく学者が好むディベートとは際立って違っています。ディベートでは、双方が自らの論拠の正しさを証明し、自分の経験を絶対化し、相手の間違えを指摘することになっています。しかし、あなたの対談にはそのような影は少しもありません。多様な異なる人々の心をつなごうとされているかのようです。」と感嘆されています。
そして対話のもつ可能性について、池田先生は「自由と平等といい、知識と知恵、伝統と近代化といい、私たちが論じ合ってきた事柄の基調には、新しい世紀を迎えて世界の人々、国々がどう『共生』していくか、そのために『内発』的な精神性をどのように発現していくか、という問題意識が通低していたと思います。そうした精神性の発現のあり方は、端的にいって「対話」です。「対話」による触発以外にありません。」と言われています。
この対談の後、池田先生は2002年6月8日、モスクワ大学より「名誉博士」に続いて「名誉教授」の称号を授与されました。「名誉博士」と「名誉教授」という二つの栄誉を“一人”で受けたのは、池田先生が初めてであったそうです。
そして本年2005年5月にはアメリカ創価大学の第一期卒業式がおこなわれます。創立者が手作りで育てた知性のリーダーが世界に羽ばたいて行かれます。誠におめでとうございます。
参考文献1:
「新しき人類を 新しき世界を」
池田大作 ヴィクトル・A・サドーヴニチィ
対談集、潮出版