週刊新潮に言論の自由を論じる資格はない!
A.O.

 有名人の家族のプライバシーを報じた週刊誌が、裁判所から発行前に出版差し止めを命じられて話題になった。一度傷ついた名誉を回復することは容易ではなく、取り返しがつかなくなる前に手を打つことができた点で画期的と言えよう。どんな理屈をつけたところで、件の記事に公の利益に資する意図があったとは思えず、単なる"売らんかな"の覗き見趣味に見受けられる。必要であれば今からきちんと議論し、公益性が認められるのであればその時点で世に問えばよい。少なくとも一刻を争う記事の内容ではないのだから、裁判所の判断はきわめて妥当であると言えよう。
 ところで今回の件に関してマスコミ界から、「言論の自由」を侵す危険性があるとの声が上がっている。それも、日頃「言論の自由」に名を借りた人権侵害に熱心なところほど、大きな声で反対しているように見える。中でも嘘とデマを繰り返し、名誉毀損の裁判で負け続けている裁判所公認の反人権雑誌「週刊新潮」が、言論の自由を口にするとは笑止千万である。言うまでもないが、「言論の自由」とは言論の暴力で人権を侵害する自由を保障するものではない。「言論の自由」は、悪しき権力に立ち向かう庶民の武器として、長い戦いの末に勝ち取った貴重な権利である。マスコミ人は、「言論の自由」を守るためにも、まず自らの行動を自省すべきである。デマ雑誌に猛省を促すことはもちろんであるが、彼らのもっとも卑劣な牙である見出し広告を無批判に掲載するのも見直すべきであろう。また二度と同じ人権侵害を起こさせないための、懲罰的な賠償制度についてもきちんと論じるべきではないか。
 本来の意義に照らせば、われら創価の庶民の叫びこそが「言論の自由」を守る戦いに通じる。悪しき権力をのさばらせないよう、正義の言論の暁鐘を堂々と、高らかに打ち鳴らそうではないか!

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