あまりにも貧弱な「政教一致」論

西浦昭雄(創価大学准教授)

 「スクープ爆弾発言!」という大袈裟な見出しで始まった『週刊現代』による福本議員によるインタビュー連載。議員の座に固執する者の哀れな戯言に、反学会キャンペーンをはっているメディアでさえ飛びつかず、あまりに反応がなかったせいか2回でインタビューは終わった。3週目には前回ネタの焼きまわしというありさまで、それも今週号では尽きたようだ。
 さて、2回目の連載のテーマは創価学会と公明党の「政教一致」だ。これまで選挙前になると必ず出てくる妨害ネタであるが、今回の根拠はあまりにも貧弱である。『週刊現代』で根拠としている第1点目は「参院選に当選したら600万円を上納」するというもの。しかし本文を読めば「落選議員への支援や党の運営などに使われるようになっているそう」とある。しかも、福本議員自らが「公明党の議員は『財務』(創価学会への寄付行為)をすることがゆるされていません」と認めている。なのに、どうしてそれが「政教一致」になるのか。
 2つ目の根拠は「毎朝、党本部で勤行」とある。福本議員は大田体制になって国会議員の参加が「なかば義務化された」と指摘している。しかし、それにつづく文章で「私は議員としての仕事が忙しかったので一度しか参加しませんでした」と認めている。当時は学会員であった福本議員でさえ一度しか参加しなくても許されていることがどうして「義務化」にあたるのだろか。それは常識的には「自由参加」と呼ぶのである。自己矛盾もはなはだしい。信仰を強制できるはずがないし、そもそも公明党の中には学会員でない議員もいると聞く。例えば、キリスト教徒が教会に行ってお祈りすることが「政教一致」にあたるとする者がどこにいようか。
 3つ目の根拠は「学会会館を選挙活動に利用」とある。そこで福本議員が具体例としてあげているのが地元の千代田区の会館の座談会に出席したことである。学会員であった同議員が座談会に出席することは信仰者として自然のことであるし、しかもその記述には選挙運動をしたという記述はない。
 そもそも国家権力が特定宗教を保護したり、国民に強制することを禁止するのが、憲法20条で定める「政教分離」の原則である。そのように考えると『週刊現代』と福本議員という「だらしない結託」が急いでつくりあげた「政教一致」論は本義を歪めた幼稚な主張であるといわざるをえない。

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